L'Uomo Vogue #270  1996.4 原文
男はそれを我慢できない

Text by Manuela Cerri Goren. Photos by Bruce Weber

ヴィゴ・モーテンセンは、イタリアへ旅立とうとしている。ナーバスになり、興奮しているようだ。イタリア旅行の経験はあるので、旅自体にピリピリしているわけではない。彼がナーバスになっているのは、2本の映画の撮影を同時にこなさなくてはならないからだ。デンマークの血を引く36歳のアメリカ人。彼はこれから、ニコール・キッドマンと共にジェーン・カンピオン監督作品『ある貴婦人の肖像』の撮影をロンドン、フィレンツェ、ルッカで行い、ロブ・コーエン監督、シルベスター・スタローン主演の新作『デイライト』の撮影をチネチッタ(ローマのスタジオ)で行うことになっている。

「この2本の作品は」と、モーテンセンは少しばかり不安な様子で説明する。「全く種類の違う作品なんだ。1本はコスチューム・プレイの時代物で、心の奥をデリケートに描いた物語。もう1本は、典型的なアクション大作。 でかい制作会社が作るスタローン映画だね。2本の撮影を掛け持ちするなんてうらやましがられるかもしれないけど、落ち着かないもんだよ。2日間はこっち、4日間はあっちにいて・・・って具合で。行ったり来たり、旅をするのは苦じゃないけど、そのたびに違う役に入り込まなくちゃならないから 混乱するよ」

ヴィゴ・モーテンセンは、ハリウッドの若手俳優の間で多くの尊敬を集めている。前衛的な作品に出演し、時に心理的なアプローチを必要とするような難しい役柄を楽々と演じているのだ。あの体格とルックスを持ってすれば、主役の座を射止めるのは簡単なことだっただろう。 しかし彼は、そういったことにはあまり興味がないようである。

ヴィゴの俳優としてのキャリアは、『刑事ジョン・ブック/目撃者』で演じたアーミッシュの青年役から始まった。しかし、批評家や一般の人々が彼に注目し始めたのは、ショーン・ペンの初監督作品『インディアン・ランナー』での、激しい感情を剥き出しにした演技からである。 ヴィゴはこの作品で、デビッド・モース、サンディ・デニス、パトリシア・アークエットと共演している。ブライアン・デ・パルマ監督作品の『カリートの道』では、アル・パチーノと共演。パチーノの古い友人で、車椅子に乗った裏切り者という役柄だった。

最近、モーテンセンが再び注目を集めたのは、トニー・スコット監督、デンゼル・ワシントン、ジーン・ハックマン共演の『クリムゾン・タイド』である。この作品で彼は、アメリカの潜水艦に乗り、核爆弾の発射スイッチを握るという役を演じた。激しく対立するハックマンとワシントンの間に挟まれ、 難しい立場に追い込まれるのだ。怒りを抑え、威厳を漂わせ、驚くほど研ぎ澄まされた演技。主役二人が熱のこもった演技を繰り広げる中で理性の声を響かせる。

「僕が演じたのは」と、ヴィゴは説明する。「とてつもない状況に放り込まれた普通の男なんだ。彼は仕事上、難しい選択を迫られる。仕事を持っていて、家族がいてっていう、実際の僕に近いキャラクターを一度でも演じられて良かったよ。 今までよく演じてきたサイコな役じゃなくてね。でも、普通の男の方が実は演じるのが難しかったりするんだよ。完璧に焦点の定まった演技を要求されるから。クレイジーな役だったら、暴力やメイク、ちょっと顔をひきつらせたりってことで、ごまかすことができるけどね。 僕が本当に驚いたのは、監督のトニー・スコット。彼の友人で『トゥルー・ロマンス』で一緒に仕事をしているパトリシア・アークエットから、どんな監督かは聞いてたんだけどね。トニーは、経験を積んだ有能な監督で、俳優たちからどんな提案をされてもビクついたりイラついたりしないんだ。 それどころか、提案を大歓迎してくれる。トニーについて認識を改めたことは、スタジオではいつもピンクの短パンをはいてるってことと、信頼する仲間のようにいつも葉巻をくわえてるってことだな」

ヴィゴ・モーテンセンにとって、このような大作に出演することは当たり前というわけではない。ハリウッドで最も過小評価されている俳優であり、前衛的な監督の作る、低予算のインディペンデント映画にしか出られない俳優だと思われていたのは そう昔のことではないのだ。重要な役を依頼されるようになった今でも、大作の合間を縫って、ヴィゴは小さな映画に出演し、大きな印象を残している。ケビン・スペイシー監督の『アルビノ・アリゲーター』、スペインのバルセロナで撮影し、アンジェラ・モリナと共演した 『ギムレット』などがそれで、『ギムレット』ではスペイン語に堪能なところも披露している。

「仕事によっては」と、ヴィゴは言う。「興味を持てる度合いに差が出てくることもあるんだ。自分が演じるキャラクターだけでなく、セットやロケの雰囲気にも左右されるね。自分の仕事に対しては、なるべくシニカルでいようと思ってる。精神的にキツいなと思っても、 なるべく仕事に影響しないようにね。一日の終わりには、僕の演技は編集室で誰かによって修正され、完全なものに仕上がる。時には、それがすごいフラストレーションになったりするんだけど。それを乗り切る秘訣は、仕事を愛すること。それから、監督が “はい、終了!” って 言った瞬間に仕事から自分を切り離すことだな。バランスを保つ技を習得するためには、何本も映画に出演して長い撮影時間を経験する必要があるんだよ。それでも時々、撮影が終わった後も演技を抑えようとか、変えようとか、悩んじゃうことはあるけどね」

映画界という不安定な環境の中でバランスを保つために、ヴィゴ・モーテンセンは詩を書いている。感情の流れを表現したエッセイに近いものもあり、きちんと韻を踏んだものよりも情感にあふれている。そうした詩を集めた作品集が 『Ten Last Night』というタイトルで出版されている。詩は彼の感情のはけ口であり、完全に独自の方法で作り上げた作品を発表できる機会となっている。

ヴィゴのプライベートについては、'80年代に人気を博したパンクバンド “X” のボーカル、イクシーン・セルベンカと結婚しており (訳注:ご存知のように、現在は離婚しています)、二人の間には現在7歳半('96年当時)になる息子がいて、彼はヴィゴと多くの時間を一緒に過ごしているということ以外、 あまり知られていない。「息子がまだ小さい頃は、どこへでも連れて行ってたよ。映画のロケにもね。今は2年生になっちゃったから、それも難しくなったけど。息子にとっては、僕の仕事は特別なものじゃないんだ。映画の仕事を冷静に見ているよ。なぜって、華やかな部分なんてほんの少しなんだってことを 知っているからね。ワンテイク撮り終わったら、次のテイクまでにうんざりするくらい長い待ち時間がある、なんてことばかりだから。彼はよく感想を言ってくれるんだ。“父さん、今撮ったシーン、前のよりもいいね。役柄が良く出てるよ” なんてね。ひょっとすると、7歳半の彼の方が 現時点で僕よりも頭が良いんじゃないか?もしかしたら彼は、将来監督になるかもしれないね」

translated by chica