Clarín  2002.12.30
アルゼンチンにルーツを持つアクションスター

By Diego Lerer

彼は、サン・ロレンソのファンで、砂糖なしのマテ茶を飲み、自家製のドゥルセ・デ・レーチェを作る。純粋な北欧の血を引いたブエノスアイレス人、ニューヨーク生まれのアルゼンチン育ち、『ロード・オブ・ザ・リング』のヒーローを紹介しよう。

電話が鳴った時、ブエノスアイレスは夜中の2時を過ぎていた。電話の向こう側で、とてもアルゼンチンらしい声がたずねる。「サッカー選手のカードはまだあるの?」

ロード・オブ・ザ・リングの第二章『二つの塔』がアメリカで公開されたその当日、ヴィゴ・モーテンセンはLAにいた。彼はクラリン紙ともう2時間も話しているが、勇者アラゴルンの壮大な旅について、それほど気に留めていないように思えた。彼はもっと普通のことに関心があった。「壁にカードを投げて、近くに残った方が勝つゲームを覚えてる?」と、彼はたずねる。「何て名前だっけ? “チュピ” だったよね?」

ヴィゴは急いでいないようだ。なにせ、カリフォルニアはここより5時間早いのだから。彼との会話は、今年最も期待されている映画に出演した有名人とのインタビューというよりは、母国を離れてもう何年も帰国していないアルゼンチン人とのおしゃべりという感じだ。それは、北欧系の名前なのにも関わらず、この俳優はアルゼンチンと長い付き合いがあるからだ。デンマーク人の父とアメリカ人の母を持ち、ニューヨークで生まれたヴィゴは、ここアルゼンチンに2歳から11歳まで住んでいたのだ。

「1969年に離れたんだ。」と、彼は教えてくれる。「1970年に一度戻ったけど、95年まで一度も戻れなかったんだ。すごく戻りたかったけど、行けなかったんだよ。今年は絶対行きたいと思っていたけど、今映画の撮影の途中なんだ。だけど来年は必ず行くよ。そしたら、アサド(アルゼンチンのバーベキュー)に招待してあげるよ。本物のアルゼンチンの肉料理を食べたのは随分前のことだからね!」

アルゼンチンの習慣のうち、ヴィゴがいまだに続けているのは、マテ茶を飲むことだ。「いつも飲んでるよ。ロサモンテか、時にはタラギ。もちろん砂糖なしでね。それに、自家製のドゥルセ・デ・レーチェも作るんだ。ここLAでは、“エンパナーダ”(ミートパイ)、“メンブリージョ”(お菓子)、“ジェルバ”(茶葉)とか、沢山のものを手に入れることができるんだよ。」と、彼は強いブエノスアイレス・アクセントで話す。「家の近くに、そういった物を売っているイタリア系の店があるんだ。」

Q: 懐かしく思うことはある?

いくつかのことはね... 古いタンゴのコレクションを持っていて、いつも聞いてるんだ。アダ・ファルコンを知ってる?

Q: うん。最近亡くなったんだよ。彼女の映画を作ってるらしいよ。

本当に?知らなかったよ。実を言うと、彼女はとっくに亡くなっていたのかと思ってたよ。僕はタンゴとか、最近の音楽も聞くんだ。サッカーもやるよ。近所に公園があって、メキシコ人とエルサルバドル人が一緒にプレーしてるんだ。アルゼンチンがプレーしているリーグがあることも知ってるよ。サン・ロレンソの大ファンなんだ。試合結果とか、全部チェックしてるよ。

Q: ボエド出身なの?(そのサッカーチームがあるブエノスアイレスの郊外)

いいや、ダウンタウンだよ。なんでサン・ロレンソのファンになったのか、本当は覚えていないんだ。だけど、いつもチームのTシャツを着ていたのは覚えてるよ。

Q: この国で何が起こっているか、ニュースをチェックしてる?

アルゼンチンに残ってる家族や友人がいないから、あまり身近な接点がないんだ。だけど、ニュースは知っているよ。アルゼンチンで起こっていることを聞くと、とても悲しくなるよ。だけど、もし本当に何が起こっているのかを知りたければ、北アメリカのメディアを読む必要はないんだ。

Q: アルゼンチンについて、何か鮮明な記憶がある?

子供の頃のことを覚えてるよ。バーベキュー、ゲーム、通りの名前、近所のこと... 数年前に戻った時、そういった場所を全部訪ねてみたんだ... もう一度思い出しながらね。

Q: 随分長い時間が経ってるのに、ブエノスアイレスのアクセントはそのままだね。

皆にそう言われるよ。きっと身に付いちゃってるんだね。だけど、ボキャブラリーは減ってるよ。ここで耳にするスペイン語は、全然違うからね。

アルゼンチン的な側面が、ヴィゴの唯一の特徴ではない。44歳にして、14歳になるヘンリーを1人で育てている。パンクロック・バンド “X” のリードシンガーであったエクシーン・セルヴェンカとの間に生まれた息子だ。2人は既に別れており、ヴィゴは芸術家ジュリアン・シュナベルの22歳になる娘、ローラ・シュナベルと付き合っている。俳優業の他に、ヴィゴは絵を描き(非常に上手い)、写真を撮り(さらに上手い)、バンドで歌ったり演奏もするし(正直言って、少し調子外れ)、詩も書く。(スペイン語の詩も多い。)(『Chaco』などの詩が記事に掲載されている。) 友人は、彼をこう表現する。「彼は決してやめないんだ。」

この大胆な持ち分、絶え間ない発見は、ピーター・ジャクソンの長編映画のアラゴルン役を受け入れたことと大いに関係がある。俳優として長いキャリアを持っているにも関わらず、最初にその役を手に入れた俳優はヴィゴではなかった。彼は既に撮影が始まっていたある日、アイルランド人の俳優スチュワート・タウンゼントの代わりを務めるよう、緊急を要する電話を受けたのだ。

「その日のうちに決めないといけなかったんだ。」と彼は言う。「息子と離れて、2年間近くニュージーランドで撮影することを受け入れないといけなかったんだ。考えさせてくれって言ったよ。数時間だけ考える時間をくれたんだ。ヘンリーに電話して、その話をしたんだ。ヘンリーはロード・オブ・ザ・リングをよく知っていて、僕は全然知らなかったんだ。何の役かって聞くから、アラゴルンだって答えたんだ。そしたら、格好いいキャラクターだから、絶対やらないとダメだって言うんだよ。当時ヘンリーは11歳で、今は14歳になったよ。」

Q: 断れないオファーだよね。

でも、考えたよ。ただ、もし断ったら、後で後悔するようなチャレンジだという印象があったんだ。「超大作だから」というようなことは考えなかったよ。こんなに大ヒットするなんて分からなかったしね。だけど、重要な映画になるとは思っていたよ。この役をやることにして良かったよ。

Q: すぐにトールキンについて調べ始めたの?

飛行機の中で読んだよ。この話と、それにアラゴルンが他のヒーローと違うところに興味を持つようになったんだ。

Q: 例えば?

一般的に、ヒーローは勇敢な行いをしたら、その話をしたり、歌で歌ったりするだろ?だけど、アラゴルンはやることをやっても、黙って去っていくんだ。一匹狼みたいな感じだね。映画では、原作よりさらにそんな感じだよ。敵が大きくなるにつれて、彼の責任もどんどん大きくなってくるんだ。

おそらく、アドベンチャーというジャンルの性質上、映画版の『ロード・オブ・ザ・リング』は、アラゴルンに頼るところが大きくなっている。例えば、ヘルム峡谷の戦いは、本では1つの章にすぎないが、映画では1時間近くにもなる。同じことがアルウェンとのロマンスにも言える。トールキンはほんの少し描いたにすぎない。『二つの塔』を見れば、たとえフロドが指輪の重荷を負っていても、アラゴルンの両肩に物語の重荷があるという印象を人は受けるだろう。そして、北欧の陰りのある威厳と、戸惑いのある重厚なヒロイズムで、モーテンセンはこの役に完璧な風格を与える。

「本を読んだ時、沢山の原典を混在したものがベースになっていると分かったんだ。僕が子供の頃読んだような北欧の神話や、『マルティ ン・フィエロ』(アルゼンチンの最も人気のある長編小説)からもだよ。沢山の素晴らしいことを引き出すことができる本なんだ。1作目では、ジャクソンは原作に忠実で、かつ自分のヴィジョンを見せることに成功したという印象を受けたよ。2作目では、もっと自由な解釈になっているんだ。」

Q: このジャンルに興味があった?

それほどでもないよ。アルゼンチンに住んでいた時に、グリム兄弟の話を聞かせてもらった記憶はあるよ。それから、『ドクトル・ジバコ』や『アラビアのロレンス』は好きだったよ。

Q: ピーター・ジャクソンは監督としてどうだった? 一緒に仕事しやすかった? それとも、彼は執着しすぎていた?

僕たちにある程度好きなようにさせてくれたけど、常に彼のビジョンの中でなんだ。どんなふうに仕上がるのか、全然分からないよ。1日1日の作業は少し混沌としていたけど、彼は自分にすごく自信があって、この仕事をとても楽しんでやっているように見えたよ。だけど、彼が一番好きなのは、ポスト・プロダクションなんだ。すごく沢山のことをやるんだ。1作目には本当に驚かされたよ。彼が外したものと、付け加えたものにね。2作目にはもっと驚いたよ。丸ごとなくなったり、別のところに付いたセクションがあるんだ。だから、3作目がどうなるかなんて、全然想像もつかないよ。

Q: リシュートしないといけないってことは知ってるけど、どのシーンをなぜやるのか教えてくれない?

ピーターが変えたがっていた、ちょっとした修正をするために今年ニュージーランドに戻ったんだ。彼はそれ以外のこともやったけどね。1作目がものすごく成功したから、ニュー・ラインが彼にもう少しお金を使う許可を与えたんだよ。3作目についても、間違いなく戻ってリシュートすると思うよ。

Q: 原作を読んでいないファンのために、『王の帰還』について少し話してくれない?

僕は原作を知ってるし、何を撮影したかも知ってる。だけど、ピーターにはいつも驚かされるから、あえて何も言わないよ。彼は公に3作目が一番好きだって言ってるし、イライジャもそう言ってる。何を根拠に言うのかは知らないけど、本当にそうなると良いと思うよ。

Q: アレック・ギネスは、人々が彼を『スター・ウォーズ』の役でしか覚えてないことにうんざりしていたけど、同じことが起こると思わない?

そういうものなんだよ。12年くらい前にショーン・ペンが監督した映画をやったんだけど(『インディアン・ランナー』)、それでしか僕のことを知らない人が沢山いる。今回も同じようなことになるかもしれないけど、自分ではどうすることもできないんだ。ベストを尽くして仕事をして、その後に何が起ころうと、自分ではどうにもできないんだ。

Q: こんなに人気が出て、人々の態度が間違いなく変わったと思うけど、ファンには今まで以上に追いかけられてる?

僕にすごく夢中になってる日本人の女性がいて、毎日3通くらい手紙を送ってくるんだ。素敵な手紙だけどね... 有名になって良いこともあったよ。『ヒダルゴ』(監督ジョー・ジョンストンのウェスタン大作)の役は、ロード・オブ・ザ・リングがなければ実現しなかっただろうしね。だけど、あまり外出しないから、どうなってるのかよく知らないんだ。確かに、声を掛けられたり、見つめられたりすることは多くなったよ。だけど、サインをしたりするのは全然構わないんだ。問題は、例えば歩いている時に、突然タ○をかきたい衝動に駆られても、人に見られてるのは面白くないってことさ。

translated by yoyo