Blunt Review  2004.3 原文
ヴィゴ・モーテンセン、御代に唄えば

エミリー・ブラントインタビュー

どうか、彼をルネサンスマンって呼んで。多芸多才、甘くてゴージャスなこの人、「僕は人生が気に入ってる。一瞬たりとも逃したくはない」なんておっしゃるの。どれだけ素敵かって?彼って、あの楽しい「雨に唄えば〜♪」って感じの人。今時めずらしいわ!年を取って、ニュージーランドのマオリ手彫りのロッキングチェアにもたれかかり、タバコをくゆらせるヴィゴさまには、ごちゃごちゃ言い訳なんて似合わない。とんでもな〜い!

ヴィゴ・王様・モーテンセンに会うって聞いたら、友だちが、急にそわそわし始めた。女の子の一人に、かわいい(おしっこのしつけ済みの)ペットをやるから、かわりに「カメラマン」をやらせてくれって言われたり。...かと思うと、この世も終わりって感じのグリグリまなこにキチガイ眉毛を乗っけて、「ヴィグは少し"変人"だから、非常口を確かめておくように」って警告されたり。...でもなに、とっても面白くって、動物をまるで人間みたいに話したり、たっくさんの趣味を持っていれば “変人” なわけ?じゃぁ、わたくしたち同類だと思うわ。

ヴィゴは、いいえ、もう “ヴィギー・フォン・シュニッツラ” とお呼びするわ!プレゼントの詰まったナップサック姿で現れました。うふん。数ある才能の中でも写真家だから、新作のウェスタン『ヒダルゴ』関係の写真集を何冊か頂けるのかしらと思ったわけ。これ以上スウィートってことある、この人?もうサイコー。トリプル・ブルーベリー・へーゼルナッツ・フランジパーヌ・スモーレブロード大盛り一丁ぐらいスウィートなのよ!だから、これ以上ごちゃごちゃ言わずに、『さあ、行ってみよう〜!』

Q: 動物と一緒だととっても楽しそうなのね。でも、動物と子供とは一緒に仕事をするなって、よく言うわよ。

そうは思わないな。この20年間、赤ん坊や子供、若者、犬、猫、馬と共演したけど、それは違うよ。人間の役者もそうだけど、面白い相手であるほど、こっちのリアクションも面白いものになる可能性がある。もちろん、こっちがオープンでいればの話だけど。彼らの能力や才能、その存在に対抗したり嫉妬したりすれば、当然気まずくなるさ。

Q: またまた馬に乗る姿、自信たっぷりって感じ。『ロード・オブ・ザ・リング』(以下、『ロード』)の前にも乗馬の経験があったの?子供の頃アルゼンチンでとか?

ああ、そうだよ。11歳頃まではよく馬に乗ったけど、その後、20代になるまでブランクがあったし、アルゼンチンを離れたからね。どこかで馬を見かけて乗ったことが数回あったけど、定期的にじゃなかった。『ヤングガン2』のちょい役で乗って、その12年後に『ロード』、そして今回というわけ。

Q: もちろん、『ヒダルゴ』でもトレーニングはしたのよね?

うん、準備は必要だった。個人的な準備の他にやったのは、主に、時代背景に関することと、カウボーイについて正しく理解すること。ネイティブ・アメリカンの文化については前から関心があったから、あとは、英語とラコタの言葉をちゃんと話すことが大切だと思ったんだ。その方面の努力はもちろんしたけど、実際はほとんど馬に乗っていたよ。

Q: 映画では飛び回っていたけど、あれはスタントダブル・・・よね?

[笑] そう。マイク・ワトソン。とてもいいダブルなんだ。いつも僕がやる前に、難しいことをしようとするんだ。でも、数カ所を除いて、ほとんど僕がやらなければならなかった。映画を観ればわかるよ。監督にとってもその方がよかったと思う。いつもとはいかなかったけれど、乗馬の経験があるから、そういうシーンも比較的安全にやれたんだ。常に危険はつきものだし、乗馬がうまくても、スムーズにいかないことはいつだってある。でも、カットするまででもなかったり、かなり危険なことをやっている時のアップが撮れるのは、監督にとってはおまけだよね。TJのような馬がいたことも大きい。TJはヒダルゴ役の馬で、たいした度胸で、ほんとに個性のある馬なんだ。ちゃんと演技してくれるんだよ。『シービスケット』のような映画のやり方では、馬をよく知るまでには至らないし、あとはアニマトロニクスか何かになってしまう。この映画では、馬が馬を演じているんだ。

Q: じゃぁ、アクシンデントはなかったの?

僕はラッキーだったよ。“ほんとに” ヒリヒリしたけど、ひどい落馬なんかはなかったよ。馬に詳しいならわかると思うけど、鞍なしで乗るのは別として、一番危険だったのはレースのスタートだったんだ。100頭もの馬がいて、しかも、向こうじゃ馬を去勢しないんだ。アラブ種の雄馬が100頭。アメリカやスペイン、イングランドなどでの馬の扱い方と違って、中東では、とにかく雄馬を戦わせるんだ。彼らは、もう荒っぽくて。もともと神経質な種類の馬だしね。[スタートラインに]かたまっていた時、これから何が始まるのかを察知するや否や、馬たちは走りたがり、お互いを殺そうとするんだ。僕が乗ったのは小さい馬で、頑丈な馬だから小さい方が視覚的効果があるんだけどね。でも、小さくても立派に個性のある馬なんだ。自分ではかなりタフだと思っている馬でね、ケンカを売ろうとするんだよ。映画全体を通して、それが一番心配だった。疾走シーンならたまに恐いこともあるけど。実際、怪我をした人はいるよ。強風か何かで数テイク撮るのがやっとの時、一頭の馬がひっくり返るシーンで、下敷きになって重傷を負ったんだ。でも、5ヶ月後には復帰して、さらに乗馬をこなしていたよ。考えてみると僕らはラッキーだったよ。このレースのスタートシーンはレックス・ピーターソンの悩みの種で、撮り終えた時は本当にほっとしたみたいだった。

Q: ネイティヴ・アメリカンの特別居留区が、これほどオープンなのはめずらしいわよね。ラコタの言葉を勉強しに行った時のこと、聞かせてくださる?

うん。数回訪ねたよ。この仕事で興味を持ったことはたくさんあるけど、その一つが、ネイティブ・アメリカン、特にラコタ族のことなんだ。本も読んだし、子供の頃、カウボーイやインディアンになって遊んだものさ。その僕が、映画でその両方を演じなければならなかったんだからねぇ。最初パイン・リッジに行き、さらに境界を越えて、クレイジー・ホース(訳注:カスター将軍を破った、オグララ・スー族の首長)が殺されたネブラスカ州フォート・ロビンソンに行ったんだ。ダコタとワイオミングには何度も行ってる。興味もあるし、素晴らしい博物館もあるから。僕の母方が、ビル・コーディー(=バッファロー・ビル)と関係があるんだよ。あの時代とあの地域、特に、19世紀とその部族には昔から興味があった。1985年に初めてパインリッジに行ったんだ。もちろん、アウトサイダーとしてね。みんな、クールだったよ。

Q: でも、めったにないことよね。撮影所が出入りを許されるなんて。

そう、その通り!前例のないことなんだ。台詞と歌を教わりにソニー・リチャーズに会いに行ったんだけど、みんな徐々に僕を入れてくれたんだ。僕だとわかると入れてくれるようになってね。僕が危害を加えるつもりじゃないこと、みんなに敬意を抱いていることがわかったんだね。撮影に入る前は、一緒に馬で出かけたり、ホースライダーたちと山に行ったりした。終了後は、ビッグ・フット・ライド(訳注:ウーンデッド・ニー犠牲者追悼のための2週間にわたる馬の巡礼)に参加するために戻ったりした。今は友達だよ。大きな撮影所がこういう努力をしたことに、彼らも心を打たれたのだと思う。確かに、そのシークエンスはどこのスタジオでも撮れただろう。カリフォルニアのどこかで、誰を使ってもやれた。でも実際は、現地まで行き、現地の人々を役者として使い、現地で撮影した。ラコタの人たちだけじゃない。ウーンデッド・ニーの虐殺で殺された人々や生き残った人々の子孫も参加したんだ。全てに細心の注意が払われた。この本とCDも。[と言ってCDをくれたの。彼が馬小屋でその話題についておしゃべりしている、インストゥルメンタルのレアもの。]『Miyelo』もそれについての本なんだ。

Q: ちょっと前の話題に戻ってもいい?バッファロー・ビル・コーディーとあなたのお母さんとのつながりについて、聞かせて下さる?

祖母の時代、チャップマンという一家とコーディーとの関係にまでさかのぼるんだ。僕の母方の家系っていうのは、そういう意味でとてもおもしろいんだよ。彼女はビル・コーディーとジョン・チャップマン即ちジョニー・アップルシード(訳注:(1774-1845) 中西部で広大なリンゴ園を経営。行く先々でリンゴの種を配って歩いたとされる)とつながりがあるんだ。ジョニーは本当に伝説的な人物なんだ!ジョーニー・アップルシードのちゃんとした映画がやれたらおもしろいだろうな。[ヴィゴ、ジョー・ストラマーの歌"Johnny Appleseed"を使ってもいいと思うけど・・・。]

Q: あなたが歌ってる歌は自分で作ったの?ごめんなさい、よく知らなくて・・・。

いや、いいんだよ。誰の歌かというと、誰のっていう言い方をするなら、メディスン・マンのフールズ・クロウの歌だよ。有名な人なんだ。Miyeloは「それは私」という意味で、あの場面にぴったりだった。つまり、もうやるだけのことはやったという時、「私はここにいる。私は自らやって来た。あなたの望みを言いなさい。私は耳を傾けている」と言う場面。しかも、特別なやり方で実現したんだ!あの歌を使わせて欲しいって許可を求めたんだよ。他に方法がなかったからじゃない。この意味わかる?きちんと手順を踏んだんだ。あのシーンは本物だよ。あの[ラコタの]人たちが一日の終わりにいつもやっているようにね。一日中やると声も枯れてね。ジョーがそのまま使ってくれたのはよかったよ。後で手を加えたりしなかった。彼は「そのままでいこう」って感じだった。

Q: でも、ハーモニカはあなたでしょ?

うん、僕だよ。あれを見て、僕にハーモニカが吹けると思うかどうかはわからないけどね。(笑)でも、楽しんでやってるようには見えると思う。

Q: このキャラクターのどこに惹かれたの?

たくさんあるよ。前にも言った、様々な文化とか。北米の西部、特にアメリカとして、国民としてのね。19世紀、米西戦争(1898)の10年前後。アメリカが二つの海に到達して、メキシコから取るものを取ったこと。今も、国境の外の世界に目を向け、領土を探しているんだからね。よかれあしかれ。その後の百年は、超大国の始まりだった。おもしろい時代さ。特に、ハリウッドの大作映画ではね。その時代、アメリカ人が建築家、カウボーイとなって海を渡る。自分がよく知らない外国の土地に行くんだ。幸い、この映画では、アメリカ魂とか何とかを広めようとして行くのではなく、招かれて行く。みんなが歓迎しているわけじゃないけどね。彼の方はオープンな気持ちで行くんだ。つまり、知らない所なんだからーそれもずいぶんとねーわからなくて当たり前だろ。彼にとっては、レディ・アンとその夫も、イスラムの人々と同じぐらい外国人なんだ。住む世界が違う。だけど、知識に欠けているところを、彼は旺盛な好奇心と興味でカバーする。型にはまった文化の交流じゃない。この映画では、アラブの文化は敬意を持って扱われている。カウボーイも同じ。スタートラインの場面で、こんな会話がある。アラブ人の男が寄ってきて、「そんな偽物の馬でこのレースに出ようなんて、神への冒涜だ!」と言うと、フランクはこう言う。「まぁ、あんたもがんばれよ!」ってね。問題は、個人主義という点なんだ。アメリカでも外国でも、カウボーイを否定的に見ることが多いよね。個人主義の塊で、頑固で、他人の考えを聞き入れないって。僕はそんなカウボーイは見たことがない。小さい頃考えていたカウボーイは全然そうじゃない。混乱してるか勘違いじゃないだろうか。つまり、この映画で[カウボーイ達と]一緒に仕事をしたけど、彼らは「それじゃだめだ」なんて言わないということがわかったよ。だからこそオープンな気持ちでいられるんだ。そこが、この映画で気に入っているところなんだ。

Q: あなたとTJ、つまり、『ヒダルゴ』の馬の一頭、は同棲しているのよね。買ったの?

うん。今二頭いる。『ロード』でも馬を連れてきたから。TJは個性が強くてね。ほかの馬より小さいくせに、自分はビッグだと思っていたんだ。犬と同じ。デカい犬を追いかけ回すダックスフントみたいにね。とても利口なんだ。聞こえないふりをするのがウマい。かなりレイジーだし。ほんとに個性を見せてくれたよ!こっちは、「これから大変だぞ!」って思ったけど、お互いをよく知るようになったんだ。利口な動物だよ。あの馬に嘘はつけないね。丁寧にお願いしなければならないし。TJはLAからちょっと離れた所にいるよ。やはり馬を持っている友人の所。NZの方は、まだこっちに連れてきていないんだ。去年の秋は追加撮影があって、それを片づけなければならなかったからね。今度は、続けてすぐこの映画のプロモーションツアーだし。この忙しさが一段落したら、NZに戻らなくちゃ。

Q: まぁ、ほんとに優しいのねぇ!小道具をもらう人もいるけど、あなたは馬?

[笑] 幸運が続いただけの話さ。とてもいい馬と仕事ができたし、とても仲良くなれたからだと思うよ。あるいは、とにかく馬っておもしろい人間だからかもしれない。

Q:あなたはアートを愛する人よね。あなたが情熱を傾けるものの中で、あなたのハートに一番近いのはどれ?って尋ねていいものかしら。絵、写真、音楽?

どれも同じぐらい好きだと思う。どれも同じ一つの衝動なんだ。時々自分を解放する一つの方法。撮影現場では、演技をするか、何かを書いてる。一つのことをやっていると、だんだんついて行くのが難しくなるから。アートのおかげで、僕は自分の人生に関わっていられる。自分の人生に関わる、だなんて変に聞こえるだろうけど、でも、ほとんどの人は—僕は確実にそうだけど—もしそういう努力を怠ったら、人生なんてあっという間に過ぎて行ってしまい、本当に見たのか聞いたのか、関わったのかおぼえていないだろうから。

Q: それって、とっても感動的だし、当たってるわ。人生短し、だから楽しめ!よね。自分のキャリアを、『ロード』の前と後って考える?ポスターになっているのはあなたの顔よね。

あれは宣伝のためさ!あのポスターは、毎日ランチテントで「忘れるな、このポスターの大スターの映画を作っているんだぞ」っていうためのものじゃない。ノー。映画の宣伝のためだよ。確かに、オマー・シャリフと僕は、多くの人に知られている。でも、僕自身について言えば、大成功した映画に出たからこそなんだ。この映画はほとんど、『ロード』と同じアンサンブル映画だと思う。しかも、『ロード』と同じように、ほとんど知られていないキャストが出演した。しかも、とてもすばらしい俳優たちがね。

Q: じゃ、自分をスーパースターって呼ぶのは、気が引ける?

今まで、自分をそんな風に呼んだことはないよ。一度も。20年やってきて、何十億ドルも稼いだ映画に出たのはたった一回だよ。だから、あの映画に関わった人はみんな、仕事の機会が増えたんだ。あれだけ稼いだ映画なら当然だよね。チャンスも多くなるさ。でも、そのチャンスをどうするかは自分次第なんだ。

Q: 『ロード』の追加場面については何か?

DVDは、劇場版より1時間ぐらい長いものになるだろうよ。大勢の登場人物について、様々なストーリーがカットされたからね。ピーターも大変だったんだ。

Q: あなたが演じている人物、実際のフランク・ホプキンスについて話して下さらない?

彼の写真があったんだ。でも、実際にちゃんと調べたのはジョン・フスコ[脚本]だよ。インディアンの血を引く白人のホースマン達に話を聞くと、皆フランクのホースマンとしてのすぐれた技能のことを口にする。馬の飼育技術にかけては、時代のかなり先をいっていた人なんだ。本当にすごいことだよ。今でも皆彼のやり方を話題にする。何世代にもわたって語り継がれているんだ。自分たちの歴史にとって、この「白人」と彼の馬に関する能力について、コメントする理由など全くない人々が、だよ。とてもおもしろいことだと思う。...そして、本当に助かっスのは、カウボーイやネイティブ・アメリカンの人たちが皆、このホプキンスという男のことや彼が馬で行なったことについて話してくれたということ。感動した。おもしろかったよ。僕なんて、彼のことを全然聞いたこともなかったんだから!

Q: あら、私も知らなかったわ。でも、大西部が好きになっちゃった!あなたって、とてもインターナショナルよね。ミステリアスな男って感じさえするわ。かっこいい「外国の」名前だし。英語にデンマーク語、スペイン語にエルフ語を話すのよね。ほんとはこの中の「なに人」なの?

[笑] 僕はいろいろな場所で育ったんだ。家族はデンマークにいるよ。僕は人間。結局、いくら違いがあっても、人は人なんだ。メッセージ映画じゃなくても、観客が[『ヒダルゴ』で]感じるのは、そこなんだ。

Q: ブラボー。イナゴのランチはどうだった?

おいしかったよ。わかるだろ...[笑]

Q: やっぱり、これを訊かなきゃね。『ロード』はあなたの運命を変えた?

また「最後に」選ばれたかってこと?[笑] どうかな。役者の仕事に運はつきものだから。僕の友達に、ほんとにいい役者が大勢いるんだ。一緒に仕事もしたけど、ほんとにうまい。なのに、役者だけでは食っていけない。どうしてなんだろう。全く説明もつかないよ。ほんとに一生懸命やっても、それでもキャリアが得られない。運がなければね。僕は『ロード』をやった結果、こうなったんだ。

Q: で、次はどうするの?[もう、完全にノックアウト—やっぱりLotRのDVDを買っちゃおうなんて考えながら—この魅力的なお方に。口には出さぬが、こんな想像を。「もしかして、長い休暇なんかどうかしら?あなたと私とTJ だけで、テントを持って。閑けさや〜、朝のそよ風、鳥の声。聞こえるのはただ・・・ “ちょっと、ヴィゴ、私のエッゴから手をどけてよっ!”](訳注:Eggoはアメリカの冷凍ワッフルの商品名。)

まあ、あと2、3ヶ月はこの調子だから、今後のことはわからないよ。『ヒダルゴ』も予定にはなかったんだ。計画はあまり立てないんだ。これも、運や過去の仕事などのおかげで転がり込んできた仕事の一つだったし。周りで何か言おうとしているようだけど、今の時点で何もサインはしていないよ。何かを学べるようなストーリーには興味がある。ん?ちょっと慎重でナーバスところがクサいって?それは明るいしるしかも。

終わり

この人ほんとにすごい人よ、みなさん。やさしくて、話し方はほんとにソフト。でも、とっても真剣なの。一方的に話すんじゃなくて、一緒に話そうとしてくれるの。人生を本当に大切に考えてる彼の姿、とても新鮮だったわ。Viva le Viggo。おっと、確かこれデンマーク語だと思ったけど。

translated by estel