San Francisco Chronicle  2004.2.20 原文
映画の王様、詩のチャンピオン
モーテンセン、ブレイクの詩に感銘を受ける

By Ruthe Stein

シティ・ライツ書店の向かいに止まった黒いSUVから、ヴィゴ・モーテンセンが降りてくる。『ヒダルゴ』——彼が馬を巧みに操る、いわば、砂漠版『シービスケット』——のプロモーションで缶詰状態になっているホテルではなく、ノース・ビーチのこの書店で彼と会うことにしていた。モーテンセンは、5年前にシティ・ライツで朗読を行っており、再び訪れたことを喜んでいる。驚くべきは、『ヒダルゴ』に9千万ドル投資したディズニーが、そのヒーローに、一時間ほど映画の話題から離れることを許したことである。

上品なプレードジャケット(粗末な格好は彼には合わない)姿で、スクリーンで見るよりやせて見えるモーテンセン。詩のコーナーのある二階に行き、すぐに古本の箱を目指す。「絶版になったり、見逃していたものがあるかもしれないから」と言い、肥えた目でタイトルを探す。

「ヘイ、ジョン・ウォーターズじゃない?」という声。モーテンセンは、ピーター・Mと名乗るシティ・ライツの店員とにこやかに握手する。「この名前の方がミステリアスに聞こえるからね。」 彼はモーテンセンに124ドル41セントを渡す。詩の朗読によるCDの売り上げである。モーテンセンは、春にまた朗読会をしてもいいよと言うと、「それはダメですよ。もう6月に予定を組んでいますから」とMが答える。映画スターのために全てをキャンセルしたりしないところが、シティ・ライツ書店のいいところである。

『ロード・オブ・ザ・リング』三部作に出演して以来、モーテンセンの朗読会には立ち見が出るほど人が集まる。「詩ではなくて、"映画のせいで聞きに来る人がほとんどだということが気にならない?"って聞かれるけど、僕にはどうでもいいことだね。だって、みんな会場に来た以上は詩を聞くわけだから。他の詩人も連れて行くと、みんな彼らの詩も聞くよ。」モーテンセンに、好きな詩人は?と尋ねてみる。彼はちょっと戸惑って、大勢いてどこから始めたらいいかわからないと言う。ちょうどその時、明らかに詩のセクションをよく知っている一人の老婦人が、ウィリアム・ブレイクを選び、その部屋に一つある安楽いすに腰掛ける。何事にも理由があると信じるモーテンセンは、その女性が道を示してくれたと確信し、ブレイクの本を手に取り、 "America: A Prophecy" のページを開く。これは、気味が悪いほど9/11のテロ攻撃を予言しているかのような詩である。

「憤怒!激怒!狂気!がアメリカを吹き荒れる。」 モーテンセンは、ほとんど抑揚もなく、言葉が出てくるままに読み上げる。「そして、激しく吼え、真っ赤なオークの炎が包み込む/怒りに燃えた靴、殺到する住民を:/本を閉じ、扉を閉めるニューヨークの人々。」

安楽いすの女性も聞き入っている。この、自分と同じブレイクファンが誰なのか、彼女は知っているのだろうか?「いいえ」とその女性。教えてあげると、彼女は驚いた様子だが、後で誰かに聞くためにモーテンセンの名前をおぼえようとしているようにも見えた。

モーテンセンは、最後にもう一度本棚に自分の詩の本を探す。見あたらないので、何冊か店に送らなくてはと、彼は言う。こういうこともあろうかと、こっちは "Coincidence of Memory" を用意していた。これは、詩と写真が偶然うまくマッチした本である。たとえば、海の写真とペアになっている無題の詩は、「海は我々の秘密を受けとめる」で始まり、「ある時、引き潮で結婚指輪を見つけた。手を触れなかった。僕はもう結婚していた。」「だいぶ前に書いた詩だよ」とモーテンセンは言う。彼は90年代の初めに離婚している。

十代の頃の彼は、詩は退屈だと思っていた。だが、20代になり、短編や小説にトライした後、詩の簡潔さに魅力をおぼえる。「詩以外のものは、明らかに書き込みすぎる」と彼は言う。モーテンセンは、昔書いた詩を読み返し、ところどころ語を削るという。同様に、演技でも、様々な感情をはぎ取っていくというアプローチである。

モーテンセンは、絵も描き、小規模な出版社パーシヴァル・プレスも経営するが、特に、俳優として絶好調の今、あまり手を広げすぎないようにと周囲から言われている。だが、自分の様々な創作の試みには関連性があると考えている。「自分の周囲の物事に注目するということなんだ」と彼は言う。「僕は、いろいろなものを結集して、自分の人生に関わっていきたい。一つのアイディアがあったら、文字にしたいと思うかもしれないし、それをヒントに写真を撮るかもしれない、一つの役柄を作り上げるかもしれない。いろいろなものに目を向けると気が休まるんだ。」

別れる前に、モーテンセンは、先ほど読んだ箇所に印をつけ、ブレイクの詩集を買うように勧める。少しして、パブロ・ネルーダの "The Book of Questions"、パーシヴァル・プレスの "Twilight of Empire: Responses to Occupation" を持って戻ってくる。彼のプレゼントを受け取りはしたが、「ほんとうに、もう結構ですから。ミンクのコートはいりませんよ」と言って、丁寧に断る。本の包みを抱えて店を出る時、彼は自分用にどっさり本を抱え込んでいる。その時、初めて気がついた。モーテンセンは、さっき受け取った売り上げをすべてシティ・ライツに還元しようとしているのだ。前に述べただろうか?彼は本当にいい人なのである。

写真のキャプション

sfgate.comの写真 ノース・ビーチにあるシティ・ライツ書店で詩を読むヴィゴ・モーテンセン。
sfgate.comの写真 俳優だけでなく、詩も出版しているヴィゴ・モーテンセン。

詩の部分は、既存の日本語訳を引用したものではなく、estelさんが直接訳してくださったものです。

translated by estel (写真のキャプションのみyoyo)