Sydney Morning Herald  2004.11.12 原文
スターにため息

smh.comの写真

アラゴルンを夢のような男性だと思っているのは、なにも10代の少女だけではない。

By Bernard Zuel

たいていは、専門職を持つ女性だったりする。教師、管理職、弁護士、看護婦に医者。間違いなく大人である。多くは30代や40代、たいていは結婚し、子供もいる。彼女たちは家でも職場でもコンピューターにアクセスでき、インターネットでショッピングすることにも問題がなく、それだけの収入がある。

彼女たちは、モダンで洗練されている。・・・そして、ほとんどの場合一度も会ったことがなく、おそらく今後も会うことがないであろう、ある男性に夢中になっている。典型的な10代の片思いのような、やましい快楽に酔いしれているのだ。世界中の何千人ものそういった女性たちは、4年前にはポップカルチャーのレーダーにはめったに引っかからなかった男性に恋をしている。(とあるネット上の掲示板には、800人もそのような女性がいる。)

夫や同僚にはそのことを秘密にしている人もいる。しかし、彼女たちは皆、彼の写真や出演作のクリップを交換したり、彼の作品集を比較したり、ありとあらゆることにおける彼の才能に思いを巡らせたり、過去の出演作を調達したりしている。そして夜には、余計な男と子供たちを追放した後、彼の出演作を見ようと、プライバシーを確保した明かりの消えたリビングに、ワインを片手に集まる。喜びに満ちた鼻歌を静かに歌いながら。

その男の名は、ヴィゴ・モーテンセン。映画史上最大のシリーズ『ロード・オブ・ザ・リング』のアラゴルン役を土壇場で演じることになった、アメリカ人俳優だ。彼を覚えていない読者のために言うと(盲目か、あるいは男性でない限り覚えているはずだが)、長髪で男らしい無精ひげを生やし、剣と馬とエルフの姫の扱いを心得ている、格好よくて王様の風格がある、あの男である。

しかし、彼はありきたりの俳優ではない。それは大間違いだ。あなたの回りにいるファンが教えてくれると思うが、彼は詩人であり、写真家、馬乗り、活動家、シンガーソングライターであり、献身的なシングルファーザーなのだ。彼は何冊ものアート本や詩集、写真集を出版しており、英語、スペイン語、父親の母国語であるデンマーク語で歌ったり朗読している彼の音楽CDを買うこともできる。

「彼には出来ないことなんてないの。」 社会人講座の教師をする40代のルイーズは、そうため息をつく。彼女はシドニー西部に住み、3つの学位とティーンエイジャーの息子を持つ。『ロード・オブ・ザ・リング』の1作目を見ていらい夢中になったと認める彼女だが(「彼が出てきた瞬間に、もう完全にイッテしまったわ。」)、同僚に打ち明ける勇気はまだないそうなので、名字は伏せておこう。

ルイーズも他のファンと同様に、仲間のファンと “ヴィゴ集会” をするために、彼の詩集や写真集を購入するのに大枚をはたいている。 ショーン・ペン監督作のインディアン・ランナー(ファンの間で大人気の作品。彼の演技の素晴らしさと、全裸のシーンがあることが理由)から、悪魔のいけにえのリメイクに至るまで、彼の出演作のビデオを入手するため、国内外を問わず買いあさったそうだ。

昨年ニュージーランドでの記者会見に入り込み、即座にモーテンセンの足元に陣取り、そこに1時間座ったなど、ティーンエイジャーのような行動を告白するたびに、彼女は満足げにクスクス笑う。ヴィゴに夢中になることは非常に楽しいが、ルイーズはスタンディー(映画館にあるような、ダンボールでできた等身大の写真)にまでは手を出さない。

「主人が気に入るとは思わないわ。」 彼女は笑う。「それは、少しやりすぎかもね。」

気にかける旦那がいないのは、オフィスマネージャーをする35歳のエヴァだ。ロードとモーテンセンをテーマにしたジュエリー作りを副業とする彼女は、スタンディーを収集することには何の問題もない。それだけでなく、昨年は一度も会ったことがないネット上の友人4人と、王の帰還のプレミアとモーテンセンの写真展を見に、ウェリントンまで旅してしまった。

エヴァは2作目で虜になったのだが、800人もの “シスター” を見つけたことが、ファンの世界的なネットワークの一番の恩恵だと言う。彼女たち5人組は、ブリスベンの女性(彼女の寛大なご主人も一緒に来た)と、イギリス人女性2人、アメリカ人女性1人から成る。彼女たちはすぐ友達になり、来年はモーテンセンの次回作のロケ地であるスペインに行くという話だ。

ウェリントン旅行の一番のハイライトは、写真展でモーテンセンと話したことだ。バイリンガルのエヴァにとって上手くいったわけではないが、彼女は笑い飛ばす。「だって35歳の私が、13歳の少女のように振舞ってるのよ。それが断然楽しいの。」

「彼は何か問いかけるような表情で私の方を向いて、そして私は英語を忘れたの。」 エヴァはそう語る。「彼の詩の一節を使ったペンダントを作ったの。英語で簡単に言うことを考えておいたけど、全然出てこなかったわ。私はペンダントを手に持っていて、彼は私の手に自分の手をのせたの。それしか覚えていないわ。そして、彼の瞳。他のことは何も覚えてないわ。」

同じく熱狂的なファンで、ルイーズとともにその場にいたアマンダ・ノーティによると、モーテンセンはルイーズにキスをしたそうだ。「2回も。両頬に1回ずつ。」 ルイーズは息をはずませながら、しかし誇らしげにそう言った。

32歳のノーティは、既婚で2歳になる息子がいる。旅行業界と理髪業のキャリアを持つ彼女は、「自分が信じることのために立ち上がり、ありのままの自分に満足しているモーテンセンにインスパイアされた。人としてとても魅力的なことだと思う。」と宣言する。

「彼にはあらゆる面でインスパイアされた。」 ノーティは言う。「彼に夢中になってから、私は詩や短編小説を書き始めたわ。その多くを(掲示板で)発表しているの。」

全部がクリーンなものなのか?

「いいえ。」 彼女は後ろめたそうに笑う。「普通の詩や普通のファンフィクションもあるけど、成人向けのものを書くことが多いわ。だって、その方がいろいろなことを自由に表現できるから。」

そういえば、前述のルイーズに、ヴィゴという名前を不適当な場面でうっかり口にしたことがないかきいてみた。「不適当ではないけど、ある日うたた寝をしていたら息子が来て、“僕のパジャマはどこ?” と言うから、“そこにあるわよ、ヴィゴ” と言ったことがあるわ。」

translated by yoyo