Bits and Pieces: Part 2

面白い部分があるのだけれど、とても全部は訳せない・・・。 そんな記事のおいしいところだけを紹介するコーナー Part 2です。

Viggo
ヴィゴ・モーテンセン
2004.4  filmcritic.com

Q: あなたを尊敬している人たちに対して、何か言うことはありませんか?
優しくなりなさい。他の人について学ぼうとすること、他の人と共通しているかもしれないことを探そうとすることは、努力する甲斐があることだ。もし少しでも好奇心を持つことができたなら、そしてもしそれを習慣にできたなら、それはオープンマインドでいることの第一段階だ。すると、自分の意見がまったくの正反対でないことに気が付く。結局は誰しも正反対ではないと思う。時間をかけて他の人を理解しようとするかどうか、他の人の見解を考慮する機会を与えるかどうか、単にそういう問題なんだ。

Omar Sharif
オマー・シャリフ
2004.4  Veronica Magazine

そこまで完璧な人間がいるとは信じ難い。この男は何か深い秘密を持っているに違いない。他人には知られたくない秘密か何かをね。なぜなら、ヴィゴ・モーテンセンは私がこれまで出会った人の中でも、最も優しくて、最もアーティスティックで、最も寛大な人間だからだ。それは私に対してだけではなく、偉くない普通の人々に対してもなんだ。彼はいつも詩や絵、写真といった物をくれる。私はそれら全部をパリの家まで持ち帰らないといけないんだ。

Joe Johnston
ジョー・ジョンストン
2004.3  you.inq7.net

映画を作るにあたり最もやり甲斐のあることの1つは、ヴィゴと仕事をすることだ。いろんな意味で、彼は過ぎ去った時代の二枚目俳優を思い起こさせる。ゲイリー・クーパーやスペンサー・トレイシーの魅力や静かなるパワーや、さらに初期のマーロン・ブランドやモンゴメリー・クリフトの傷つきやすい、ミステリアスなクウォリティもある。それでも最終的には、他人とは比較なんてできない、唯一のヴィゴなんだ。

Viggo
ヴィゴ・モーテンセン
2004.3  InStyle

Q: 何に対して腹が立ちますか?
身勝手さ。もちろん、誰しも身勝手になる可能性はある。そして、時折身勝手な人に出くわすこともある。

Exene Cervenka
エクシーン・セルヴェンカ
2004 (?)  rhino.com

... ヘンリーの父親とは、1987年に『サルベーション!』という映画で共演した時、ニューヨークで出会ったの。その後すぐ結婚し、ヘンリーを授かった。ヘンリーが6ヶ月の時に、アイダホのすごく北にある小さな町、サンドポイントに引っ越したわ。私は自分の子供をハリウッドの公立学校に行かせたくなかったし、健康的な環境の中で育って欲しいと思っていたから。ヴィゴも大いに賛成していたから、1988年にアイダホに移ったの。お金がなかったから、厳しい時もあったわ。ヴィゴの俳優としてのキャリアは始まったばかりだったし、私は幼児をかかえていたし。アイダホにいる間にソロアルバムを2枚作って、それから1991年にLAに戻ったの。

Viggo Mortensen
ヴィゴ・モーテンセン
2003.12.12  Tronto Star: Lads of the Ring

この物語には絶対悪というものは存在しないし、絶対悪を特定するものもないと思う。モルドールでも、サウロンでも、指輪でもないと思う。他人の意思に背くことを無理にさせたがる人間の心の中にあるものなんだ。

それこそが、人々が常に取り組まなければならないことだと思う。 ... もし悪いものや悪を探すのなら、まず最初に内面を見ないといけない。自分は周囲の人たちとどう接しているのか?レストランで歴史や自由について話している人がいて、“経済をどうにかしないといけない、人々と正義をどうにかしないといけない” と語っている。でもウェイターにはこっぴどい扱いをする。

「ちょっと待てよ。まさにそれだよ。」

Ian McKellen
イアン・マッケラン
2003.7.15  The White Book

ヴィゴとバーナードは、スタイルや外見、国籍などの違いにも関わらず、実際にはとても似ている。仕事上では2人とも一匹狼だ。彼らの最重要の目的は、やり甲斐のあるプロジェクトでいい仕事をすること。彼らはバカ者は相手にしない。彼ら自身、見事なバカ者、道化師であるが。特にバーナードは、その話や笑顔で私を横隔膜から笑わせてくれた。ヴィゴは、その美しさをひどくぞんざいに身にまとい、首をかしげた謙虚な苦笑いでお世辞をはぐらかす。この2人の王は、『王の帰還』で再び素晴らしい姿を見せてくれる。

Philip Ridley
フィリップ・リドリー
2002.12.21  Super natural

1990年の『柔らかい殻』と1995年の『聖なる狂気』を監督したフィリップ・リドリーは言う。「偉大なアーティストは、インタビューではなく作品の中で自分をさらけ出すものだ。ヴィゴがカメラの前に立ったり、ペンやキャンバスやカメラを手にした時、彼は必ず心のドアを開いている。彼が人生の秘密を教えてくれる場所はそこなんだ。」

「ヴィゴの仕事に対する姿勢というのは、アーティストの姿勢だ。」 とリドリーは言う。「演技というものは山を登りつめるようなもの、という奇妙なコンセプトがあって、多くの俳優は出演作品をキャリアという観点で考えている。しかし、芸術はそうは進まない。ヴィゴはそれを直感的に知っている。」

Liev Schreiber
リーヴ・シュレイバー
1999.4  Calgary Sun

オーバー・ザ・ムーンでモーテンセンが恋人役を演じると知ると、シュレイバーは即座にジムに向かったと言う。「ヴィゴが裸で走り回るような映画で自分もシャツを脱ぐことになるのであれば、自分の体に何かしらの定義が必要だったからね。」

「本当に。ものすごいプレッシャーだよ。」

Liev Schreiber
リーヴ・シュレイバー
1999.4  People Magazine

「ヴィゴ・モーテンセンに対抗するってことは分かってたよ。」 31歳のシュレイバーは、ダイアン・レインの恋敵について言う。「考えてもみなよ。やつは魅力的だろ。しかもこの映画では服を脱いでいるシーンも多い。もし女の子をしとめるのが僕かもって誰かに信じさせるのであれば、どうにかしないといけないと思った。だから縄跳びもしたし、走ったし、食べる物も食べなかった。」

translated by yoyo